先の例えでいえば、京都から大阪まで行って、大阪から堺に行けば、 京都から堺まで行ける。これはもちろん正しいのですが、 今から行ってちゃんと今日中につけるだろうか、となると それはもっと綿密に見なければなりません。
乗り換えがもっと多くなると、さらに問題は複雑になります。
もちろん、京都から堺に行くのに、北海道をまわって行くのは 得策ではないとか、そういう大原則は細かいことを見なくても分かるわけで、
「多価関数のあいだの等式は、うまくマッチする値を選んで考えたときにのみ成立する」 という考え方を採用して、これを切りぬけるという方法も考えられなくはないですが、 その考え方では「どの値がマッチするかどうか」について常に気を使わねばならない うえに、
という三つの式の上の二つの「選ぶ」という操作と最後の式の「選ぶ」という操作 とがうまく協調的にできるかどうか、 という問題が生じて、これが一般にはやさしくない問題どころか、 うまく調整することが不可能な場合すらあるのです。 (余談ながら、ここのところの、 調整の具合を調べるために登場するのがコホモロジー理論です。)
もちろん、 両辺の中に例え等しくなるものがあったとしても、それらの等しいものを 選ぶ(「適当な値を選ぶ」)というのがはたして正当かどうかも問題になります。
つまり、大雑把な考察には多価関数が便利なこともあるけれども、 綿密な議論をする時には、多価関数に拘泥せずに、 一価関数 (先に見たような や整数 を駆使した議論)のみを使う 立場をとることをお勧めします。