これとは対照的に、 ゴジラの絵を書くには、 細かなしわしわの線をたくさん書かなければなりません。 そういうところを丁寧に書き込んで始めてハチュウ類独特の おどろおどろしいゴジラの質感がでて、それらしく見えるのです。 そういう絵が書ける人は羨ましいとつねづね思っていました。
数学の話でも、時には枝葉末節を必要以上に 説明したほうがリアリティーというか、臨場感が 出てきてその楽しさを満喫できることがあります。
大阪人のサガか、私は話をするときはそういうことができる、 というより自然とそうしてしまいます。
ただし一つ問題があって、そうすると時間が通常よりもかかるのです。 (その差は、ゴジラとウルトラマンを描いて時間を比べてみれば歴然です。)
通常の講義や勉強は効率を重視しますから、その面から言えば、 やはり不必要な枝葉を切り落としたスリムな話が優先され、 「どこが本質か?」ということに重点がおかれることになります。
ゴジラとウルトラマンの優劣を論じてもしかたのないように、 どちらの話かたがより優れているというわけではないのですが、 バランスの上から言えば、たまには細かい話も面白いのではないか、 と思って話始めたのが、今回の話です。
ところがやはり時間の制約もあって、最後はやはり枝葉を切り落とすはめになり、 「ゴジトラマン」 (頭がゴジラで体がウルトラマン) のような中途半端な話になってしまいました。とても反省してます。
せめてもの罪滅ぼしにと書いたのが、本稿です。 書かれたものを読むのは話を聞くのに比べると精神力が必要ですが、 半面自分のペースで好きなところを読めると言う利点もあります。
本稿が皆さんのお役に立てればこれに勝る喜びはありません。
それでは、お楽しみください。(これから本文を見ることでしょうから!)